立ち入り禁止の黄色い紙テープの前で、はゴンドラが一つ壊れた観覧車を見上げていた。
冬の冷たい風が吹き、顔の周りを舞う髪にも少し目を細めただけで視線はそらさない。
ぎい、と強風に押されてゴンドラが揺れた。不規則にフレームを軋ませ、耳障りな音を上げる。
軽く嘆息して、は視線を観覧車から地面に落とした。
テープの向こうでは鑑識の人間が何人か、大破したゴンドラの破片を拾い集めている。
屈み込んで作業をしていた一人が何気なく顔を上げた瞬間にと目が合い、
軽い会釈をした後、少し考えるように彼女を見つめた。
立ち上がり軽く腰に手を当てると、テープを挟んでと向かい合うような位置まで歩いてくる。
彼が自分の前で足を揃えるのを待って、は口を開いた。
「お疲れ?」
「…ええ、まぁ」
顔見知り程度の調子で問うた彼女に、気怠げに彼は返す。
疲労だけではなく元来の気質がそうなのだろうと思わせる感情の薄い顔に、
僅かな気遣いを滲ませた彼は彼女に言った。
「…昨日、通夜だったそうで」
「え。うん。…あれ、どこから聞いた?」
「ちょっと小耳に挟んだだけです。…ある程度、話は広まってますし」
「あ、そうなんだ。いや忙しくってさぁ、ずっと休んでるから様子わかんないんだよね」
観覧車を見上げていたときとは変わって、人懐っこそうな笑みを作ってが言う。
それを見て、やはり僅かにだが、憐れむように彼は目を細めた。
憐れみ――いや、違うかと自答する。決して同情などではない。誰かを不運だと思うことはあっても、
不憫だと思ったことはない、そう彼は胸の内で独り言つ。
彼女が得るべきは、同情の念ではなく憐れみの眼差しではなく。
「大丈夫、ですか?」
「…ん?」
何が、と聞き返したは丸くした目を一拍置いて細め、笑った。
まるで忘れていたかのように(本当は一瞬たりとも忘れていないのに)、
あたかもたった今思い出したかのように(実際は思い出さずとも常に認識しているというのに)。
全てが変わったあの日までと何も変わらない、何もなかったかのように、彼女は笑った。
「大丈夫だよ。ありがとう」
まるで、笑う以外の機能を忘れてしまったかのように。
壊れたゴンドラ、歪んだフレーム。
初冬の風が吹くここは、彼が逝った場所。
08/3/19