偽善者たちが蔓延るあの塔の地下牢で、 何があったのかは話そうとしないしオレも聞きはしない。 ただ分かるのは、そこで「何か」があったからこそは今ここにいることと、 あれ以来全てを投げ出したような無感動な目を、時折がするようになったということ。
オレの腕の中にいるときでさえ、彼女は空っぽの吐息を体外へ送り出すことがある。





「何見てんの」


問うと、視線はこちらに向く。 出会ったときから変わらない、少し細められた彼女の瞳。 ――けれど、秘めるものは随分と変わってしまった。
一度瞬いて、言葉を探すように唇を開く。


「特には何も」


ふぅん、と相槌を打ったオレに珍しくは少し笑った。 拗ねた子供のような声だと、口端を緩やかにつり上げる。 満面の笑みなんて見たことがないけど、の微笑は好きだと思った。
ああ、もちろん、初めてオレに縋りついてきたときの泣きそうに歪んだ瞳も好きなのだけれど。
は元々、プラス方面の感情表現が顕著な方じゃない。 馬鹿を見るような目はよくされるのだけど、笑みを向けられることは少ない。 だから偶の淡い微笑がひどく心地良い。
調子に乗って「じゃあ機嫌取ってよ」と言うと、「やだ」と、けれど笑んだまま返された。 今日は随分と甘いな、と思う。常ならきっと「嫌」とあっさり投げるだろう。
どこか冷静に観察していたオレを、が呼んだ。


「ティキ」


声に誘われて、彼女の傍に寄る。 見上げる瞳はいつもと変わらず、けれど今はオレを見ている。 その目に吸い込まれるように顔を落とし、軽い口づけを交わした。 二、三度触れると瞼が下ろされる。 それを許可と見なして、オレはを連れて快楽に沈んだ。




呑み込んだ痛みの上の幸福











09/04/04
(ふよふよしてるヒロインを書きたかったのが玉砕。ティキにはどうしても色事が絡む、んだが)
背景素材:戦場に猫