ノアの仕事をして、そのまま部屋に帰って、眠ろうとしたときにふとに会いたくなった。
それまで感じてなかった喉の渇きをある瞬間に気がついて喉が渇いていたんだと自覚するのと同じように、
あぁオレはに会いたかったんだと思い至った。
アクマを駆使しての居場所を突き止めた時にはもう真夜中で、街の明かりなんて切れかかった街灯と
数えるほどしかない窓のカーテンから洩れる小さな光だけ、案の定も宿屋の一室で眠っていた。
スゥ、と窓を通り抜けて床に立つと、少しコツンと靴音が鳴ったけどベッドの中の彼女は静かな寝息を
立てたまま。近づいてシーツに散った髪を掬い上げても身じろぎ一つしないで、薄く開いた唇から吐息が
零れている。疲れてんだなぁと思った。この前夜這いに来たときは一メートル以内に踏み行ったところで
跳ね起きてイノセンスまで構えたのに。(もちろん襲うのは諦めた)
「…、」
耳元で囁くと、吐息にくすぐられて微妙に身動ぎしたけどやっぱりそれだけで、ただ顔にかかった髪が
さらりと滑り落ちて寝顔が露わになった。無防備な表情にドキリとして、ざわりと欲望が頭をもたげる。
白い頬に指を滑らせ、柔らかい唇に触れると「ん…」と呻きが洩れた。身体に触れても起きないという
のはよっぽど深く熟睡している証拠で、本当は顔を見るだけでも良かったのだけど、どうにも堪えきれ
そうにない。頬を手で固定して、それでも起きないのを確認して顔を寄せた。
唇が触れ合って、反射的に少し開いた隙間から舌を滑り込ませる。本当に、今日は別に襲う気はなかったのだけど
あまりにもが無防備に寝入っているものだから欲が出た、欲情してしまった。舌を絡めてちゅぅ、
と吸い上げるとさすがに鼻にかかった声を上げてが薄ら目を開けた。焦点の合ってない
瞳で何度か瞬きをして、解放すると銀の糸を引いた唇がゆっくり動く。
「てぃき…?」
細めた目をこする姿が子供のようで、それを助長するかのように寝惚け声でオレを呼んだ。この前言っていたように
寝起きは悪いらしく、まだ意識が朦朧としているのか言葉にならない声を発している。今にも落ちきって
しまいそうな瞼に口づけるとやっと状況把握ができたのか起き上がろうとした。それをの上にのしかかって押さえ付けて、ちゅ、と首筋にキスを落とす。半ばそのままもつれ込もう
かとも思っていたけれど、オレの肩を押し返して寝起きにしてははっきりした声で「や、」と拒絶の意を
表したから大人しくそれだけにして隣に寝転んだ。まだ眠たげな目をしたが、ぼんやりと窓の外に
目をやる。
「今、何時…?」
「午前二時過ぎ」
「…んな時間に起こすな…、」
「いや、起こすつもりはなかったんだけどな?」
「襲われたら普通起きる…」
馬鹿か、と怠そうに呟いてため息を吐く。気を抜けば今にも眠りに落ちてしまいそうな表情で、オレを
恨みがましげに睨むような目にも迫力がない。
「帰んの…?」
「いや…、どっちでも」
「んー…」
再び沈みだした意識をなんとかといった感じで繋ぎとめて、が擦り寄ってきた。滅多にしない
行動に少し驚いて、早まった心音を悟られないようにポーカーフェイスを気取る。はといえば
小難しいことは何も考えていないような顔つきで、とろりとした瞳で見上げて言葉を吐いた。
「一緒に寝る…」
おやすみ、ともうほとんど眠りかけの声で言って言葉を返す前にはもう寝息を立てていた。
その後オレがどれだけ葛藤したかなんて、きっとこのことを忘れた明日の朝には考えもしないだろうと
思う。
07/12/07
お題:
遙彼方