「……疲れる」


ぽつり、と呟く。
時刻は深夜二時。明かりと呼べるものは、何メートルかおきに設置されている街灯のみ。 それも、三台に一台ぐらいは点滅を繰り返したり暗いままだったり。 あまり栄えている街ではないにしても、もう少しなんとかならないのかと思う。 暗闇が多すぎる。自分の隠れ場所が増えるが、それは向こうも同じ。 しかも、今回の任務はこの街のアクマの殲滅。 壊す前に探す分一手間かかるというのは、ただでさえないやる気を更に減少させる。 (ないものは減らないと言うけど、それでも減る。減るどころかマイナスになる) (つまりは今すぐ宿屋に帰って寝たいということ!)
ただ立っているだけというのに暇を感じて、だいたいなんで私が使徒なのだろう、 と何度目かの思考を繰り返すことにした。 本音を言えば街の何処かにいるだろうアレスとコウに任せたいところだったけど、 さっき出てきたアクマの何体かを壊し損ねて、一応それはちゃんと始末しとくか、 とそれなりの意思は持っているから。…そういえばゼロは何処へ行ったっけ。(まあ良いか)


「…神様なんて信じてなかったのに」


それどころか、悪魔の方を信じていた。 両親に「幸せは努力すれば掴める」と言い聞かされて育った所為だろうか。(…所為?) だから不幸を与える悪魔は存在するのだと、幼心に思っていた。 …まあ、確かに悪魔と呼べるものは存在していた訳だけれど。 巻き込まれるようにしてエクソシストになったのはいつの頃だったか。 というか、何故祖父の遺品からイノセンスが出てきたのか。そして何故私が適合者なのか。 当初は自分が世界を救えるのだと英雄気取りになったものだが(あの頃は何もわかっていなかった)、 今となっては普通の生活が羨ましい限りだ。 毎日ベッドで眠り、人混みを平気で歩き、平穏な日常に「退屈だ」と零す。 確かに昔はそんな生活をしていたのだと思い返すと、右手に握った神が少し恨めしくなった。 (手放せと言われても無理な話)(これでしか身を守れない)

不意に石畳と何かが擦れるような音がして、音源と思われる方向を振り返った。 数拍遅れて髪が視界を覆い、また重力に従って流れ落ちる。(畜生、昼間に髪紐買っとくべきだった) 視線だけで周辺を探り、出てこないのを確認して張り詰めさせていた気を緩めた。 ため息を吐いた瞬間、殺気を感じてその場から飛び退く。 不格好な巨体が石畳に突っ込み、パラパラと飛んでくる破片を神様で払い落とした。 (別に無礼だとか思わない)


「エくソ…シスとォ…!」


ノイズの掛かった声が気に障る。ざっと見回したところ、レベル2。 面倒くさ、と口の中で呟いたところ建物の隙間や暗がりから、わらわらと三体ほど出てきた。 (何コレ嫌がらせ?) 別にたかがレベル2が四体いたところで苦にもならないけど。 くるり、と死神が持っているような大鎌(これが神というのだから皮肉な話) (いや、死“神”か、一応)を一回転させると同時に、一斉に飛び掛かってくる。 (時間差攻撃とか考えないのか、ってこいつらの頭じゃ無理か) 緩く身を躱して、打ち合って、受け流して、 豆腐を切るよりも柔らかい感覚のボディに刃を食い込ませる。 それを四回繰り返すと、あっさりアクマは砕け散った。 レベル1と比べてレベル2の方がやりやすいのは、無闇やたらに発砲してこないところか。


「…ゼロ?」


夜中に叩き起こされて宿屋を出て、 最初にアクマと遭遇したその後から姿が見えない無線ゴーレムの名前を呼べば、 パタパタと静寂に羽音を響かせて路地の暗がり出てきた。 団服の肩、定位置に落ち着いた彼(彼女?)は行方不明を詫びる様子もなく、 そんなところが似ているとアレスにため息混じりに言われたのをふと思い出す。 それと同時に、行方不明になる原因も。


「……ティキ…」


呟いた声がどこか寂しげに響いて、自分で自分に首を傾げた。
ノアの一族、教団に属す私にとっては敵の立場にいる彼を、何故好きになったのかはわからない。 好きにならなければ良かったと考えたことはないが、 せめて私が使徒でなければもう少し普通の恋愛ができたのだろうかと思うことは時々ある。 そういえばノアは神の子だとか前にティキ(…いや、ロードちゃん?) が言っていた気がするのだけれど、それなら使徒よりも神に近いんじゃないか、 と思ってそれを言うとティキは首を傾げていた。 そういえば学が無かったか、と呟くと少々落ち込んでいた気がする。
イノセンスとノア、どちらが正しいのかは分からない。(私だってそこまで学があるわけでもないし) (そもそも難しいことを考えるのは嫌いだ)(今まさに考えてはいるものの)

―――街のどこかで野犬が吠えた。
アクマが出たのだろうかそれとも単なる縄張り争いだろうか。 どちらでも対して関係はないかと結論づけ、さっきまでの思考に水を差されたなと少し思った。 (思った、それだけ) 途切れた糸をもう一度手繰り寄せて繋ぎ合わせるのも面倒だと忘れようとしたところで、 ふと、気づいてしまった。


「あ」


私が思考の末に辿り着くのは、いつだってティキだということに。







思いの先に貴方を想う







「……疲れた」


パタパタと黒い羽を動かして浮かぶゴーレムが、すい、と目の前を横切って帰路についた。 帰ろう、と言うかのようにこちらを振り向くそれに従い、 ざり、と石畳の欠片とアクマの残骸を踏みつけてそこを後にした。





07/08/19