どこにも行く場所がない。私はどこへも行けない。
そのことに気づいたのは、教会を出て三分、走るのを止めてから二分後のことだった。
さわさわと揺れる草を踏んで進んできた足を止めて、凍り付いた意識に問い掛ける。
ちらりと頭の片隅を掠めただけだったのに、それは瞬く間に肥大してしまった。
(マリアのところへ行って何になるの? 自分の傷を深めるだけじゃないの?)
いつも――少なくともこの河川敷で生活するようになってから、
シスターのところに居づらいと感じたときはすぐにマリアの元へ行くものだから、
気づくのが遅れてしまった。
失態だ、と苛立つ反面、虚しくもなる。
どうしてこんなになってまで、ここに居ようとするのだろう。
はっきり言って、私が河川敷に居る意味なんてない。
便利屋なんて言い換えればただの代替品。
だからこそ最初に存在意義を必要としたとき、それを選んだのではなかったか。
いつでもここから出て行けるように。誰も私を必要としないように。
――それなのに。それなのに何だろう、この有様は。
私自分が無様に依存して、執着して、傷つくなんて分かっていながら。
(行って、どうするつもりだった? マリアに何て言うの? 何を求めていたの?)
諦めた筈だった。
未練がないとは言わないけれど、意識して忘れられるくらいには過去のことになったと思っていた。
けれど、違った。
――いや、違ったんじゃない。理解が足らなかった。感覚が麻痺していた。
“終わった恋”だったのに。もう一度芽吹くなんて、しぶといにも程がある。
胸を掻きむしって引っこ抜けるのなら、今すぐにでも血が出る程切り裂いてやるのに。
(「貴女の元カレが無神経なの、躾てよ」とでも言うつもり?)
自嘲気味に少し笑った。
私は一体ここに居て、何をするつもりだったのだろう。何がしたかったのだろう。
――楽しい? ええ楽しかったわ、立場が違うってこと、上手く忘れられていたもの。
――幸せ? ああ、そんな風に思ってしまう程ここに馴染んでいたのね。
けれど。もう、気づいてしまった。今はただ、どうしようもなく辛い。
「…帰ろう」
素直にそう思った。私の居場所はここじゃない。在るべき所へ、帰ろう。
牧場に向けていた足を外界へと動かして、教会から飛び出したときよりも切実に地を蹴った。
土と草ではなくコンクリートの地面を小走りで逃亡しながら、
こんな私を受け入れてくれたあの温かい腕を思い出して、久しぶりに泣きそうになった。
人魚姫
(…もしもし。あのね、…今から帰るから)
の
(だから……おかえり、って、)
嘆き
――分かったよ。そう返しながら、誰が彼女を泣かせたのだろうと考えた。
10/11/02