09/02/18 それでも彼は歩いていく。それは強い。それは悲しい。
09/08/11 星々の見ている夢






























――それでも彼は歩いていく。それは強い。それは悲しい。――


失ったものは多過ぎた。手にしたものはほとんど無かった。
犠牲は数え切れなかった。生還は数えるほどだった。

ただ闇雲に突き進んで、ふと立ち止まって振り返ると、後ろには誰もいなかった。
慌てて前方に顔を戻すと、彼の青いマントだけがはためいていた。

「…メタナイト」

呼ぶと、ちらりと仮面越しに視線が向く。 「誰も、」と後ろを気にしながら言いかけると「諦めろ」と冷たく吐き捨てられた。 そのまま彼は歩みを再開して、仕方なしに私も従う。 足も多少怪我をしていた筈だけれど、メタナイトの歩調は普段と変わらない。
ずきずきと鈍い痛みを訴える、赤く腫れ上がった左の足首を酷使して、 行き先も知らないままにただ着いて行く。何故って私にはそれしかできない。 ただひたすらに追いかけて付き従って、立ち止まる暇なんてない。
どんなときだって彼は歩みを止めないのだから、何があろうとも彼は進み行くのだから。

「…負けても?」
「……」

負け戦だということは、大分前からわかっていた。 味方は減っていくばかりで、敵は増えていくばかりで。 それでも、誰も止まらなかった。敗北を認めなかった。 もしかしたら、帰る場所なんてなかったのかもしれない。 戦うことしかできなかったのかもしれない。
戦うために生きることはできても、生きるために戦うことはできなかったのかもしれない。

メタナイトを見失わないように注意しながら、手に持った抜き身の剣に視線を落とす。 血で赤黒く染まって、ずしりと重いそれに手が痺れている。 感覚のない指が柄を離さないように縛った布はボロボロで、今にも千切れそうだった。
まるで私のようだと、思う。
戦うことと生きることのどちらも放棄できずに、その結果、気を抜けば倒れそうな今の状況。

「メタナイト」
「……」
「わたしが倒れても、おいていってね」

彼ならそれができると信じている。ここまで振り向かずに来られたのだから、 私一人が脱落したところで無感動にその骸を眺めるだけだろう、と。
前を見据える瞳に焦がれたのだよ、よそ見もわき見もせずにただ真っ直ぐで。 たとえ後ろに何を置き去りにしようとも、きっと貴方は歩いていける。

「…

前を行く背中が立ち止まったと思ったら、振り返って名前を呼ばれた。 血に塗れた仮面の奥で、どんな表情をしているのか。 私だけが間の抜けた顔を晒しているなんて不公平だ、と場違いに思う。 今の私はどんな目で貴方を見ているのか。 疲弊しきった筋肉を酷使して、僅かばかり口端を持ち上げてみた。 窺えない表情に、心中で問い掛ける。
――ねえ、わたしはきれいにわらえてる?

これが最後なのだろうか。こんなにも呆気なく。これほどまでに無気力に。
身体の軸がぶれた自覚はない。ただなんとなく、世界が傾いた気がしただけ。
膝が崩れた意識はない。ただ少しだけ、楽になったという錯覚が――

「め…、たな、い…と」

ばいばい。
動かない唇は、それでも別れを告げられただろうか。



差し伸べられた手は、夢か幻か


09/02/18 
title:コ・コ・コ






















――星々の見ている夢――


「おー…」
「…中々だな」

夜空を見上げて、は感嘆の声を上げ、メタナイトも素直に賞賛した。
ゆっくりと視線を巡らせ、息を吐く。

「砂粒ばらまいたみたいな」
「…普通『宝石をちりばめた』じゃないか?」
「え、そんなクサイ台詞吐きたいの?」
「……」

間違ってはいないが、と彼女の「砂粒」を否定はできない。
言及するのを諦めたメタナイトは、もう一度煌めく星々を見上げた。 白色だけでなく、赤や青、黄、緑、橙、紫、思ったよりも彩色に富んでいる。 綺麗なものだな、と隣のが何を考えているかも知らずに少し感動を覚えていた。

「あれだなぁ…」
「ん?」
「あれ全部流れたら、願い事三回言えるかもしれない」
「……」
「壮大だと思うよ、すっごい数だし。流星群どころの騒ぎじゃないね」

大真面目にそう言うに、どこから突っ込めばいいのかとメタナイトは少し頭を悩ませる。

「星が流れれば、住んでいる者たちまで流れてしまうだろう」
「…あぁ、そっか。駄目だね」

そこじゃないだろう、と思う者はここにはいない。
ふむ、と頷いたあと歩みを再開したの背中に、ふと思いついてメタナイトは声を掛けた。

「星に頼るほど、叶えたい願いがあるのか?」
「……」

ぴたり、と足を止めては振り返った。 言葉を探しているようで、けれど答えに迷っているようでもあって、二人の間に暫く沈黙が流れる。
結局、ゆるく首を傾けたが返したのは問い掛けだった。

「メタナイトには、ない?」
「…私は…、」

返事に窮するメタナイトから、は再び空へと目を向ける。 星を掴むように手を伸ばし、けれど握った拳の中には何もありはしない。 虚空を彷徨った手の平を暫く見つめて、は背を向けた。

「行こ。あんまり遅いと、みんな心配する」
「…あぁ」

少しペースを速めて隣に並ぶと、メタナイトは少しためらいつつもの手を取った。
ぴくりと指を跳ねさせ、僅かな時間静止したあと、彼女もそっと指を絡めた。



「一緒にいさせてください」って、お願い、したかったんだけどな。


 09/08/11
title:コ・コ・コ