07/12/20
冷たい眼差し笑う唇
08/12/31
彼について思ういくつかのこと
――冷たい眼差し笑う唇――
「…あの少年、気に入りませんね」
飛び出して行った金髪を目で追いながら、虎の面を着けた忍装束が呟いた。
街並みに消えていった少年をそれでも暫く睨むように見据えていた彼に、隣から声がかかる。
「…どうして?」
猫の面を通して発された声は少しくぐもってはいたが、声の質から女性であることが窺える。
ゆるく羽織った黒の外套から伸びた肢体にも、女性特有の線の細さが見てとれた。
視線を自分に向けた虎の彼を意に介した風もなく、彼女はここに来たときからずっと、
柵にもたれて話す五代目火影を見ている。火影がご意見番に連れられ屋内に戻り、
付き添っていた女性と少女も姿を消してからやっと顔を持ち上げ、
けれども虎面ではなく空を見上げた。
「どうしてかなんて、貴女が一番よくお分かりでしょう?」
どことなく嫌味な響きを含んだ返答にも、面の下の表情は変わらない。
ただ、「うずまきナルトの護衛」という任務を果たすべく立ち上がった虎面に視線を移し、
数秒沈黙してから、ふ、と静かに微笑した。
「行こう。あの子に何かあったら面倒だ」
「嫌いな人間を護るというのは、どういった心境なんです?」
とん、と軽く腰掛けていた樹枝を押して少し下の枝に降り立ってから彼女は振り向き、
子供のような無邪気さを装って好奇心旺盛な彼に答えた。
「“嫌い”じゃないよ。“憎い”んだよ」
「……」
「もう少し純粋だったら“羨ましい”で済んだんだろうけどね」
無表情な猫の面の下、弧を描いた唇は明らかな嘲笑になっていた。
(
わたしには許されなかったことが、あのこには与えられるの)
――彼について思ういくつかのこと――
愛なんて恋なんて、あの頃はまだわからないくらい幼かった。
ただ内側から胸をくすぐるほのかな感情と、
隣にいるときの根拠のない安心だけが確かなもので。
中忍に昇格した頃から開きだした実力差に一抹の寂しさを感じ、
暗部に入ったと風の噂で耳にしたときわけもなく憂えた心が、“好き”なのだろうかと自覚し始めた先に起こったうちはの惨劇。
けれど、当初は行方不明扱いだったイタチが同胞殺しの犯罪者だと判断されたときも、
際だった感情の波はやってこなかった。
悲しみもなく、恨みもなく、ただ前と変わらない物憂げな寂しさが胸中に渦巻いて、
もう一度会いたいと、無理な望みを告げていた。
「私、未だに名前が付けられないんです」
恋と呼ぶのか愛と呼ぶのか。それとも、憧れか羨みか慈しみか。
ただ、イタチ一人にだけ、この感情を抱いているという事実だけがある。
「…なんの結論もない、つまらない話ですよ」
少し笑った。
「終わりか?」
「はい」
彼らの気まぐれで、少しだけ時間をもらった。
イタチを知っていると言うから、今まで誰にも話さなかったことを話した。
だって木ノ葉ではこんな話できないから。
結局、曖昧なままで死ぬのだなと、霞んできた視界に立ち上がった人影を確認して思った。
それは、それで、いいんじゃないかな。
「…アンタはさ、うん」
薄れる意識で、声を聞いた。
「好きだろうがどうだろうが、…結局、イタチといたかっただけなんじゃないのか?うん?」
「…あぁ…」
そうか。私はただ、イタチと共に在りたかっただけなんだ。
ブラックアウトの寸前に、そう思った。
(
彼にすきだと伝えていただけますか?)