08/05/17
いつかキミに語った嘘について
08/05/18
いつか傷だらけの僕を知ってくれればそれでいい。
――いつかキミに語った嘘について――
『フォルテに嘘は吐かないよ』
「――その言葉自体が、嘘だとは思ってなかった?」
口端をつり上げて、邪悪そうに見えるだろう顔で笑むとフォルテの表情が凍り付いた。
それは冷たい笑みの所為なのか尖った言葉の所為なのか突き放すような視線の所為なのか、
俺が知る由はないけれど、ともかく俺の所為で彼女がそんな表情をしていることだけは確かだった。
唇を震わせて、何か言葉を探している愛しい愛しい人を、それでも俺は傷つけた。
「そんな嘘、信じてたんだ」
「――ッ!」
フォルテの顔が歪む。唇を噛み締めて、それと同じくらいの強さで白い手を握りしめる。
傷になる、と思ったけど口には出さない。それ以上に、俺は彼女を打ちのめす必要がある。
ごめんな、と謝罪の言葉は届かない。心の奥底に仕舞って、出てこないよう閉じこめているから。
彼女の縋るような目は見られない。押し殺した感情を、気取られるわけにはいかないから。
俺は自身を省みない。自分の胸にナイフを突き立てて抉るような行為は、
全てから目を逸らさないと完遂できそうにない。
「本当はさ、フォルテ」
「……っ」
「愛してなんかいなかったよ」
その瞬間の、絶望に満ちた彼女の顔を俺は一生忘れることができないだろう。
それまで築き上げてきた様々なものを、俺は自ら完膚無きまでに叩き壊した。
(
知らなかった?俺って結構嘘つきなんだよ)
――いつか傷だらけの僕を知ってくれればそれでいい。――
「、…!」
「……あー…」
真夜中に揺り起こされて、けれど理由は推測できていた。――というより、推測するまでもない。
今でも大半が微睡みの中の頭には、さっきまで見ていた映像がちらつき、
心拍・呼吸ともに常時より幾分か速い。
額を伝った汗に少し冷静になって、上体を起こして心配そうにこちらを窺う彼女に軽く笑った。
「ごめんな、何か言ってた?」
「いや…、少し魘されてただけだったけど…」
様子が変で、と続けた彼女に苦笑する。そりゃあ変だ。
いつもは悪夢を見ても自分の内に留めておけるのだから。
何も口走らなかったのは幸いだ、余計な気を遣わせずにすむ。
濡れて張り付いた髪を掻き上げて、不安げな彼女を手招く。
抱きしめると最上の安堵感で満たされた。ここまで依存してたのかと、
正直なところ苦々しい気分が湧く。
それでもまあいいかと、故郷の夢を思い出して妥協した。
今更あんな夢を見るというのは、不幸の前兆だろうか。
「…?」
「ん?」
小さな呼び声に顔を覗きこむと、蒼の瞳と視線がかち合う。
少し眠たげにしながらも意識を保って、懸命に探し出した言葉を彼女は紡いだ。
「あたしに何かできること、あるかい…?」
控え目に問うその姿が愛おしい。俺の想いを受け止めてくれるだけで満足なのだけれど、
彼女はよく気遣ってくれる。
その親切を無駄にする気はないので、とりあえずそれらしいもので誤魔化した。
「朝まで抱きしめてていい?」
「…わかった」
「ん、ありがと。おやすみ、フォルテ」
「…おやすみ、」
目を閉じた彼女からは暫くして寝息が聞こえてきて、俺も眠ってしまおうと考える。
保たれる距離は心地良くて、けれど彼女の望みも知っている。
それでも――今はまだ、このままが良いと。
穏やかなフォルテの寝顔に口づけて俺も目を閉じたのだけど、暫く眠れそうにないことはわかっていた。
(
いつか過去も傷も全部話すから、それができないときはきっと俺はもういないから。)