君の眼はとても不便だね。


空を見上げたがぽつりと呟いたことがある。
それがいつだったのかは覚えていないが、
夏でもないのに随分と日差しが強いなと思ったことは記憶に残っている。





「…なぜ、そう思う」

いつまで経ってもそれ以上話そうとしないに痺れを切らして尋ねると、空を飛ぶ鳥を目で追いながら彼女は答えた。

「余計なものまで見えるから、だな」

「余計なもの…?」

少し眉を顰めて繰り返すと、ふとがこちらを向いた。
彼女の眼は水を張った器にたった一滴、青の絵の具を落として溶かしたような淡い水色で、けれどその日はなぜか蒼い空を見ているときでも微かに灰色がかって見え、不思議に思った覚えがある。  (その理由を、オレは後から知ることになるのだが)

「ああ…いや、余計なものというのは失礼だな。そうだな……見たくないもの、という方が些か適した表現だろう」

彼女の話し方に疑問を覚えたことは幾度もある。
人のことを言えた義理ではないが、同い年であるにも関わらず、彼女はまるで全てを理解し、そして受け入れているかのような口振りで話し、そのことに僅かな抵抗を感じていたというのは偽りのない事実だ。  (そして実際、粋がっていたオレとは違いは全てを知っていた)  オレは特に“女らしさ”などというものを求めるような質ではないが、やはり思春期の男児であるが故なのか、彼女に対して少しの焦燥感を抱いていたこともまた事実。

そんなオレの心情を果たして彼女は知っていたのだろうか、こちらに向けた視線を、果てない空に戻して続けた。

「たとえば…君の白眼で見えるギリギリのところで人が死んでいたとする。けれど君はそれを知らずに白眼を発動させる。すると、見たくもない死体がその眼で見えてしまう、という訳だ。…まあ、これは極端な例だがな」

「…それはあまり不便だという理由にならないだろう。確率が低すぎる」

「ん…、そうだな」

非を唱えると、意外とあっさり引き下がった。言い合う気はないのだろう。もとより、彼女はあまり争いごとは好まない人格だ。
忍としてそれはどうかと思いはするが、割り切っているのか彼女に対する批判は聞いたことがない。――最も、下忍にあまり戦闘が生じるような任務は回ってこないのが理由で知られていないのかもしれないが。

「………ネジ」

「なんだ」

人に呼びかけておいては相変わらず空を眺めていたが、最初の頃はともかく今はもう気に留まらなくなっていた。そういう人間だと、諦めがついたと言えば人聞きが悪いような気もするが。

「君は…その、見たことがあるか?見なければよかったと思うようなものを。…あ、白眼で」

なぜそんなことを問うのか。
そう聞いていれば、良かったのかもしれない。違和感を覚えた瞳の色を、何気なく、口にしていれば良かったのかもしれない。

あとで幾度も思うそれを、その時は全く知らなかった。ただその時は、「くだらないことを」と、呆れていた。

「そんなものは見たことがない。…見えていれば良かったと思うことはあるがな」

「あぁ…、盲点か」

納得したように呟くその声音を、なぜか鮮明に覚えている。
ふと眼を閉じ、風に髪を遊ばせたはその時なにを思っただろう。 (今となっては、知る由もない)


「…ネジ…」


珍しくこちらを向いて言ったの、その眼はやはり曇っていた。



「私は君のことを、愛しいと思っているよ」




















置いて



いかれた





















彼女の生まれ出は“透視眼”という血継限界を持った一族で、その能力は簡潔に言うと“未来が見える”ものだったらしい。 透視眼は極めて開眼率が低かったため、次第に一族は廃れていき、そこに更にその能力を利用しようとした者達により争いが起き生き残ったのはまだ幼かった彼女だけだったという。 彼女は救援信号を受け駆けつけた木ノ葉の忍によって保護され、血継限界のことは極秘扱いで育てられた。 透視眼の能力者は皆瞳の色が薄く、死期が近付くにつれ曇っていくのだと、後にそうヒアシ様から話を聞いた。 …彼女は最後の能力者であるが故か、歴代最高の力を持っていたらしい。 きっと、自分の最期もはっきり見えたのだろう。そしてその上で、ただ静かに微笑んでいた。

は何を思って最後、オレに胸の内を告げたのだろう。




未来には破滅しかないと知っていて





07/03/16→09/02/21
お題:遙彼方      背景素材:Sky Ruins