ミーンミンミンミンミンミンミンミンミーン…


聞くと夏を連想させる蝉の声が、見上げた木から聞こえる。(今は夏だから当たり前だけど) 幾重にも重なり合った葉の隙間から、太陽がちらちらと見え隠れして、膝に置いた本に光で不思議な模様を描いている。 きっと私の顔や身体にも光は降り注いでいるのだろうけど、蒸し暑い空気の所為で体感温度だけでその部分を探すのは難しい。
いい加減首が疲れて見上げていた視線を落とし、再び活字を追おうとしたけどそれは遮られた。 白いページを、人型の影が覆う。
風に香った仄かなコロンと、視界の上の方に見える上品な革靴には心当たりがあった。


「…マルコ?」
「コーラ、飲む?」


たぽん、と炭酸を弾けさせながら瓶の中で揺れるコーラに光があたって、マルコのシャツに淡く茶色を映していた。





     真夏日のこと





「暑いね…」
「うん」


空を見上げると、さっきとは少し太陽の位置が違った。 こくり、とマルコがコーラを飲み下す音が蝉の声に紛れて聞こえ、ふと地面を見ると何本か空の瓶が転がっている。
…どこに持っていたのだろう。というか、どこで買ってるのだろう。


「…マルコ、今何時?」
「ん…、二時過ぎ、だね」
「そか、ありがと」


ここで読書を始めたのが一時頃だから、もう一時間も外にいたことになる。 木陰とはいえ肌は汗ばみ、服の着心地が悪くなってきた。 一度屋内に戻ろうか、と考え、けれどなんとなく、このまま二人でいるのも悪くない、と思い止めにした。
横目でマルコを見上げると、ぼんやりと瓶コーラを持ったまま遠くを見ている。 会話をしに来たのだろうか、それともコーラを飲みに来たのだろうか。(それはないか) 私を気遣って、来たのだろうか。(自意識過剰、かもしれない)
どれにしたって、今のマルコは暇そうに見えた。


「…暇?」
「ん?いや…、そんなことはないよ」


柔らかに笑むマルコが好きだと、何の前触れもなく思った。
とりあえず会話はそれで終了して、マルコはまた瓶に口を付ける。 喉仏が動く様まで眺めて、そんな自分に気づいて慌てて視線を本に戻した。 文字を追っても全く頭に入らず、暫く悪戦苦闘したものの、諦めて栞を挟んで脇に置く。
ぽす、と肩に頭を乗せると、少ししてこつんとマルコも頭を寄せた。 視線は緑の草の上を彷徨う。熱気の所為か、ゆらりと揺れて滲んでいる。





呼ばれて顔を上げると、マルコがゆっくりゆっくり、近づいてきた。
交わした口づけはマルコがさっきまで飲んでたコーラの味で、まだ少しちりちりと炭酸が残っていたような、気がする。 もたれるというより、しなだれかかるような体勢になったのを気にも留めず、はむ、と唇を甘噛みされた。舌でなぞられるのがくすぐったい。


「…好きだよ」


不意の告白に、首筋辺りを見ていた視線を青い瞳まで持ち上げた。
くつくつと、マルコが可笑しそうに笑う。


「…なに、突然」
「いや、なんとなく」


マルコのすることは時々わからない。大分前に、理解することは諦めたけど。
目を合わせて、もう一度「好きだよ」と言われて、胸の奥が焦がれるような感覚に襲われる。 衝動に従ってふいと目をそらすと、首筋にキスを落とされた。 そのまま耳元で言葉を紡ぐ。(くすぐったい!)


。耳、赤いよ」
「……うるさい」


恥ずかしい、と漏らすと、「可愛い」と言われてまた口づけられた。(しかも濃いの)
あぁ、ただでさえ暑いのに。こいつの所為で、ますます熱くなった。
猫の如く擦り寄ってくるマルコに、お返しとばかりに言ってやる。


「好きだよ、バーカ」


見開かれた青い瞳に笑って、コーラ味のキスをした。










07/05/01
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