誰かが誰かを押して、その誰かが水たまりに嵌ったらしい。
ぎゃあぎゃあという前方の騒ぎ声から、なんとなく理由を聞き取った。
押したのが誰で、落ちたのは誰、なんてことまでは興味がない。
生欠伸を噛み殺して、前方の集団と後方の固まりの間、微妙に開いた中間をは歩いていた。
隣には、声が気に障るのか少し不機嫌な空気を醸し出しているメタナイトがいる。
仮面の下で絶対眉間に皺寄ってる、と胸中で断言した。
色にすれば黒だろう空気を感じないのか、話しかけてくる輩は必ずいる。
「よーぉ、お二人さん。相変わらず仲のよろしいこって」
「そりゃあ君らと歩いたら疲れるからね」
「えー、酷いな。前の方、なんで騒いでんの?」
「誰かが水たまりに落ちたんだってさ」
「へぇ…」
「それだけ?じゃあばいばい」
にこりと笑って手を振ると、何か言いたそうだったが大人しく引き下がった。
胸中で安堵しつつ、ちらりとメタナイトを見遣る。
さっきとそんな変わらないかな、そう判断して前に視線を戻したところで不穏当な音が聞こえた。
再び隣に、今度は顔ごと向けると鞘から抜き放たれた金色の刀身が目に入る。
「……メタナイト?」
引きつってるであろう笑顔を彼に向けると、殺気立った視線が肌に突き刺さる。
いやいやまさか、これぐらいじゃまだ沸点越えない筈、と思ったところで別の音を耳が捉えた。
土を蹴る音、枝葉が擦れる音、跳躍の度に洩れる獣の鳴き声。
振り向くより先に、メタナイトに容赦なく突き飛ばされた。
「ぅあっ」
崩したバランスをなんとか保って、腰の剣を引き抜く。
眼前では、すでにメタナイトと魔獣が戦闘を開始していた。
その向こうで仲間が振り返るのを視界に入れつつ、
後ろでいくつも重なり合った武器を構える音を聞きつつ、
は新手に向かって斬りかかっていった。
*
「あー…」
疲れた、と座り込んだまま呟くの周りには敵味方問わず屍が転がっている。
ここで戦闘になるとはなぁ。嘆きつつも剣の血を拭い、鞘に収める。
さて、と腰を上げようとしたところで、目の前に血で染まった手袋つきで手が差し出された。
腕を伝って見上げると、手の主は仮面にも返り血をつけたメタナイトだった。
「あ」
思わず声を洩らしつつ、半ば無意識で手を出すとそのまま、
正直なところ容赦なしで引っ張り上げられる。
肩に走った痛みを顔に出さないようにしつつ、は血を吸った土を踏みしめた。
とんとん、と片足ずつ地面を蹴って、歩けるかどうかを確認する。
足の怪我はないか、と顔を上げたところにメタナイトの指があった。
「え、?」
思わず硬直すると、まだ白かった部分で頬を擦られた。
遠ざかる手袋を確認すると、擦り取られた赤がある。
仮面の奥の瞳は、読めない。
「あーと、ごめん」
手袋を汚したことを謝罪すると、計りかねるとでも言いたげに視線を向けたまま少し沈黙した。
だがすぐに周囲を見渡し、動くものがいないと判断して「行くぞ」と呟いた。
「ん…、了解」
ちらりと振り返り、けれどすぐにも後を追った。
雨上がりの森の中