胸が痺れるほどの夢を見たことがある?
切なくて(かな)しくて、きゅう、と締め付けられるような、そんな夢。

そんな夢を見た朝はね、少しだけ泣いて、それからすごく優しい気持ちになれるの。





「ローライト」


湯気の向こうに声を掛けると、靄を通してぴくん、と背中が揺れたのが見えた。 振り返ったLの目は、少しの不安と多大な疑念で彩られている。


「…どうかしたのですか?」


私がLを本名で呼ぶことは滅多にない。 というか、本人が通称で呼ぶことを希望して、特に逆らう理由もないので「L」で呼んでいる。 まあそれでも時々はローライトの方を使うこともあるにはあるけど。 (何でエルじゃないかっていうと、ほら、ローライトを使うのは私だけっていうので。…何となく、優越感)
だから、世界の名探偵が目の前で首を傾げている。


「……?」


不安の色が濃くなった声に、想われているのだと少し惚気てしまう。
カチャ、とカップをソーサーに置きソファから立ち上がると、 Lがキィ…、と椅子を回転させて向き合う体勢になった。 髪を撫でて、覆い被さるように抱きしめると甘い匂いがして、肩口に顔を埋めたまま笑みが零れる。


「…Lはさ、」
「なんですか?」
「見たことがある?…泣き出しそうなぐらいの夢」


問うと、眉根を寄せて(見なくてもなんとなくわかる)、返してきた。


「それは…悲しいという意味で、ですか?」


悲しい。哀しい。
私はLほど賢くないから明確な違いなんて説明できないけど、 感覚的なもので一緒じゃない、というのはわかる。(…本能?)
かなしい。(かな)しい。


「ううん……ちょっと違う。…なんて言うのかな。胸の奥がね、じんわり温かくなるような夢。 ……けど、少し泣きたいの」
「………」


ゆっくりと、あやすように背を撫でる手が心地よい。
不意にギシ、と椅子が軋んだと思ったら、ふわりとLの膝の上に抱き上げられた。 目の縁に溜まった涙に、Lが唇を落とす。


「L…」
「…それは…、似ていますね。私が貴女を(いと)しいと想う気持ちと」


触れ合った唇は、仄かに甘い味がした。
優しく微笑むLにぎゅっ、と抱きつくと、今朝の気持ちが甦った。
切なくて、哀しくて、けれど(いと)しくて。
真っ白なシーツの上で少しだけ泣いたら、ふんわり、優しい気持ちになれたんだよ。


「好きだよ、エル」
「はい。愛しています、


二回目のキスは、日だまりのように温かい味がした。










胸が痺れるほどの夢を見たことがある?
切なくて、泣きそうなくらい(いと)しくて、心にじんわり染み入るの。

そんな夢を見た朝はね、あなたの胸で幸せを噛み締めたくなるの。










04.昨日見た夢





07/03/18
お題:赤小灰蝶(日常20のお題)