(※捏造設定。時間は第二部ぐらい。イタチは木ノ葉に拘束。)










さよならの代わり





部屋の中から物音がしなくなったのを確認してから、そうっと窓から中を覗き込んだ。 小型デスクに書類を広げて、その上に突っ伏している人影は完璧に寝入っている。
風通しのためか僅かに開けられた窓の隙間に指を差し入れ、少しずつ動かしていく。 侵入口が充分な広さに達したらすぐに入り込み、 足音を立てないように着地して、外から誰にも見られていないことを確認した。
とりあえず、第一関門は突破。
内心で安堵の息を吐きつつ、窓を元の位置まで閉める。 デスクに足を向け、一応、寝ている男の確認。――事前情報の男と一致。 プライドが高いから、仕事中に居眠りをしていたことも、 それが原因かもしれない脱獄が起こったことも、とりあえずは伏せようとするだろう、とのこと。 微妙に罪悪感があるような気もするけれど、頑張れ、と呟いてそれで終わり。
部屋を出て地下牢へ向かった。



壁に掛けられた鍵の束の一つひとつと、あらかじめ用意した、 鍵開け用に先を曲げられたクナイや千本を見比べて何本かを選出する。
蝋燭でぼんやりと照らし出される廊下に二人、壁に凭れて寝息を立てているのを確認。 少しばかり警備が甘いんじゃないかと訝りつつも、牢獄の前に立った。
見張りの意識が途絶えて、警戒しているのだろうイタチがそこにいた。
椅子に座ったまま僅かに眉根を寄せて、 もうほとんど見えていないと言われる黒の瞳をゆっくり動かしている。 視線の向きや眼球の動かし方でもう、よく見えないんだろうなと思わせるほど、 つまりは悪化しているのだろう。木ノ葉に連行されて来たときはまだ、今よりも見えていた筈。
鉄格子の向こうまでは見えるようで、なんとなく目が合った気がした。

「…今晩は」

にこりと笑ってはみたけれど、見えないのだろうなと少し悲観的になる。 イタチは答えずに、ただ警戒を強めた。
食事は必要最低限(それでも残していると聞く)、外に出されることはなく(白い肌は青白く)、 数日おきに奥の部屋で尋問(体力を考慮して過度な拷問はないらしい)、 毎日の眼の治療(綱手さまですら手を焼いているという噂)。 ――優遇されてる方だろうな、とは思う。うちはの血族がそんなに惜しいのか、 うちはサスケへの対抗手段を一つでも多く残しておきたいのか、裏を考えればキリがないのだけれど。
ここからは慎重に。ふ、と息を吐いて鍵穴を見遣る。
ランクA・付属なし。
自然と眉が顰められた。 そこまで弱っていると思わなかったのが一つ、それほどまでに甘いと予測していなかったのが一つ。 せめてランクSにはするべきだろうという考えは、批判を受けるものだろうか。
千本を差し込んで二、三度揺するとあっさり外れた。 格子にも何処にも、術が掛けられている気配はない。 だから木ノ葉は嫌いなんだと憂鬱になる。

「…誰だ?」
「内緒」

眉間の皺が増した。できることなら写輪眼を発動したいだろう。 けれど点穴を突かれてチャクラを抑えられている今は無理な話。
囚われ人という立場なのに、木ノ葉への帰属意識でも働いているのだろうか、 鍵の外れる音を聞いてもこれといった反応は見せない。
キィ…、と扉を開けると音が空間に響いた。
立ち上がらず、兆候も見せず、ただイタチは見えない瞳で真っ直ぐに私を見据えている。 居心地が悪いと感じたのは、木ノ葉への嫌悪感に対する背徳心だろうか。
イタチは木ノ葉が好きだから。
隊長にも先輩にも、何度か呟いたことがある言葉。
そう。イタチは木ノ葉の里を愛しているから。だから私は、ここに残ったんだよ。 けれど、それを鉄格子の向こうの彼に言ったところで何になるのだろう。
目を逸らして、見張り番の様子を確認しているふりをしながら問うた。

「出ないの?」
「…何故」
「自由は欲しくない?」
「自由だと言うのか?」
「私はね」
「…そうか」

それできっと悟ってしまった。考え方が違うのだと。 私には里は愛せないから。
今にも闇に沈みそうな空間の片隅で、イタチは視線を落として小さなテーブルを見ている。 細い蝋燭の火がちらちらと燃えているのを、何を思って眺めるのか。
扉は開けたまま、一歩退いて、身を回して左半身を彼に向けた。 用は済んだと、小さく告げる。

「そこ、開けとくから。上の見張りも寝てるし、出たかったら好きにしていいよ」
「……」

出たくないならそのままでもいいよ。
その言葉に、少しだけ、イタチは視線を上げた。
ばいばい。上手く笑えたと思うのに、見てもらえないのが少し残念。





09/05/25