「…さっぱりわかんない!」
「もうちょっと頑張って!」


勢いで返すと、それでも考え直したのか腕を組んでむぅ、と唸った。
正直、確かに要領を得た説明だったとは言い難いと思う。
東京受胎。創世。コトワリ。マガタマ。悪魔。
自分でも理解はできていない。 そんな状態で彼女に話したのだから、状況を把握しろという方が無理だ。 段々と眉間の皺を増やしていく姿を見て、もういいよと声を掛けようとしたところで 彼女の方から口を開いた。


「えーと、くん」
「う、ん、何?」


少し上目遣いで、窺うようにこちらを見るさんの顔はいつもと比べて覇気がない。 当たり前だ、と思った。ただ先生のお見舞いに来ただけの筈なのに病院は何故か空っぽで、 わけもわからないままいつの間にか気絶していたと思ったら入った覚えもない病室のベッドの上で、 おまけに自分を起こしたクラスメイトは妙な刺青をした人間もどき、悪魔もどき、 人修羅になっていて、それが受胎だの創世だのと電波なことを喋っているのだから。
今の自分の姿を見て夢だのなんだのと現実逃避こそしなかったものの、 きっと心の中では混乱して怯えきっていると思う。 まだクラスの中でも言葉を交わす方で良かったと思った。 これでただの顔見知りだったら、どうすれば良いかわからなくて途方に暮れた筈だから。


「人間は、さ、みんな死んじゃったってこと、だよね?」
「…うん。千晶や勇は、まだ可能性があるかもしれないけど」
「この病院にいた人、だけ?」
「多分…」


そう、と小さく呟いてさんは視線を床に落とした。 そのまま沈黙が訪れて、どうしよう、と内心焦る。 自分はきっと、何とか大丈夫だと思う。人間じゃない何かの力を得たというのは感覚としてわかる。 でも、彼女は人間だ。この病室でだって、どこでだって一人にしておいたらどうなるかわからない。
――それとも、どうにかなってしまうことを望むだろうか。
マイナスに傾きかけた思考は、「くん」という彼女の呼びかけで持ちこたえた。


くん」
「うん」
「…じゃあさ、」
「…うん」
「ご飯ってどこで食べたらいいのかな?」
「……」
「あ、やっぱりお腹とか空かない…?」


さっきまでとは違う意味で、どうしよう、と思った。
空気を和らげるための問いだろうか。けれどその割には真剣な顔をしている。 もしかしたら、本当にお腹が空いているのかもしれない。 ここでは朝も昼も夜もないようで、だから時間の感覚というのがあまりないのだけれど、 きっとかなりの時間が経っている筈。 人間ではなくなった自分には空腹というものが消え去ったのかもしれない、 だけど人間である彼女はお腹も空くし眠くもなるのだろう。
思考している間をどう感じたのか、さんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ごめん、気に障ること、言ったかな…」
「え、あ、いや、そんなこと」
「ん…、ごめん、無神経だった」


しゅん、といった感じで俯いた頬をさらりと髪が滑った。 綺麗だなと頭の片隅で場違いなことを考えながら、そんなことないよ、ともう一度口にした。 うん、と一応返答はしたものの、さんはまだ俯き気味に薄汚れた床を眺めている。
ふと思いついて、少しだけ迷ったものの、そっと彼女の頭に手を伸ばした。 手の平をゆっくり動かして優しく撫でる。 さんは伏せていた目を上げて、二、三度瞬いた。 そのまま少し静止したあと、かあ、と効果音がつきそうなくらいにわかり易く頬を染めた。 落ち着かなげに視線を彷徨わせて、結局元の通りに床に固定する。
手の平から彼女の温もりを感じながら、救われたのかもしれない、と思った。



絶望を埋める君の笑顔


「とりあえず、何か食べられるような物、探しに行こうか」
「…う、ん」






09/06/22
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