愛しの君へ





「…フォルテ」


呼ぶと、戸惑いを含んだまま視線が持ち上がった。 彼女らしくもなく、どこか怯えた小動物のような色を浮かべている。 少しだけ俺の目を見て、けれどすぐに逸らされた。 俯いた顔に綺麗なワインレッドの髪が流れて表情が窺えなくなる。 本当はその髪に触れたいのだけど、一定の距離を保ったまま待つ。
急かしてはいけない、焦らしてはいけない。いつだって、彼女の望みのままに。


「フォルテ」


ぴく、と肩が跳ねて、おそるおそるフォルテが俺を見遣った。 唇が薄く開かれて、一度逡巡するように閉じられる。 答えを決めたのか、胸元で手を握りしめ、少し掠れた声を発した。


…、ホントに、いいのかい…?あたしなんかで…」


揺れる瞳、震える心。騒ぐ鼓動を静めて、ゆっくり彼女に手を伸ばす。 意識的に目を細めて口端を上げて笑みを作った。 けどそうするまでもなく、きっと今の俺はしまりのない表情なんだと思う。
抱きしめたい。髪を撫でて柔らかな唇に口づけたい。そして、その先に、望んでいたこと。


「おいで。…大丈夫」


そろりそろりと、何かを確かめるように少しずつ伸ばされる彼女の指先が、俺の手に触れる。 手の平に指を滑らせて軽く握ると、まだ僅かに躊躇いを残した蒼の瞳が俺を見上げた。 くい、と腕を引くと思っていたほど抵抗なく腕の中にフォルテが収まる。伝わる鼓動はいつもより速い。 落ち着かせるように頭を撫でて髪に軽く口づける。力無く俺のシャツを握りしめて、少女のように少し 震える彼女が、嗚呼、こんなにも愛おしい。


「フォルテ。…俺で、いい?」
「…、が…、いい」


小さく告げられた言葉に頬が緩む。さっきから緩みっぱなしだというのに、これ以上まだ笑えるのか。
フォルテの頬に手を添えると、上目遣いの目が閉じられる。少し不安そうな、けれど無防備な表情。

ゆっくりと交わしたキスは、それだけで溶けてしまいそうだった。





08/02/26