どうも、女心ってのは俺が思っている以上に複雑で、ただ「好き」なだけじゃ駄目らしい。
咄嗟に掴んだの手首は俺や他の奴らに比べて随分細くて、 力を込めれば折れちまうんじゃないかと、彼女が女だってことを思い知った。
は無理に進もうとはしないものの、顔を背けたままで取り合う気はないと態度で示している。 凛とした横顔を眺めて、ふと、腹の底が冷えた。
少し前から胸の奥で思っていた、けれど目を逸らし続けたことを目の前に突き付けられる。
はもう昔一緒に遊んだ童女ではなく、共に戦場を駆け回った少女ではなく、 いつの間にか物腰柔らかな落ち着いた“女”になっていた。
その事実に愕然として、一瞬何も考えられなくなる。 慌てて何かを取り繕うかのように、遠くを見つめる瞳をこっちへ向けさせようと言葉を探すその前に、 が淡い色の唇を開いた。


「…ずっと一緒だと思ってた」


自分が残されたかのような口振りで、ぽつりと零す。置いて行かれたのは俺の方だというのに。 それでも伏せられた目は悲哀に満ちていて、彼女と俺の間にできたずれを、嫌でも思い知らされる。
昔はもっと単純だった。 何かあったら、なりふり構わず大声で怒鳴りながら取っ組み合いの喧嘩をした。 いつの間にか、大抵俺が言いくるめられるようになった。が譲歩するようになった。 今では、何が問題なのかもわからない。どう対処すればいいかもわからない。 どこで間違ったのか、何で変わったのか。俺には、わからない。
気が付けば俺の指はの手首を解放していて、俯き加減のが物憂げな目を俺に向けていた。 彼女はいつから、こんな目をするようになったのか。――本当は、ずっと前から知っていた――。


「…、」
「…駄目なんだよ、蛮骨。もう、どうにも、ならない」


俺を見上げる彼女は泣きそうな表情で、それなのに紡がれる言葉は刃のように俺の胸を抉る。 頭の半分ではわかってる。けどもう半分はその事実を認めたくなくて、今すぐ、 無理やりにでも彼女をここへ留まらせようとする暴力的な衝動に必死で耐える。 そんなことをすれば、二度とは帰らない。
どうにか穏便に引き留めようとの目を見たとき、諦めたように、すとんと理解できた。


「昔のままじゃ…ねえのか」
「…うん。いつかは変わるんだよ」


もう一度手首を掴んで引っ張ると、抵抗なくは腕に収まった。華奢な身体を抱きしめて、 いつの間にかついてしまった身長差を自覚する。口づけを交わして、また抱き合って、暫くして 胸を押すの手に従って身体を離した。俺を見上げて、は少し笑う。淡い微笑を、 密やかな慈愛を、彼女はどうやって培ったのだろう。俺の知らないところで。


「好きだよ、蛮骨」


涙を湛えた瞳には、精一杯見て見ぬふりを通した。



あの日、君が終わりを囁いた





09/08/09
お題:遙彼方